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大野慶人Yoshito Ohno

大野慶人

大野一雄の次男。中学生の時から、一雄よりダンスの教授を受ける。1959年4月、「大野一雄モダンダンス公演 老人と海」でデビュー。その一月後に土方巽の<禁色>に出演。以後60年代の土方作品に参加した。1969年初のリサイタルを行ったのち、舞台活動を離れたが、大野一雄<ラ・アルヘンチーナ頌>を制作するなど、一貫して一雄の活動を支えた。1985年に大野一雄<死海>で土方振付作品を踊りカムバックを果たす。1986年土方逝去後、大野一雄の全作品を演出し、共演した。横浜の大野一雄舞踏研究所で指導する傍ら、世界各地でワークショップを行い、大野一雄と土方巽から受け継ぎ、共に創った舞踏を伝えた。

基本情報

資料ID
PER2
生誕
1938年7月15日 東京
死没
2020年1月8日 横浜
国籍
日本

略歴

1938  7月15日、東京、目黒に生まれる。父一雄出征

1940      母、兄、祖父母と共に千葉県勝浦に疎開

1951      関東学院中学サッカー部で活動する傍ら、大野一雄の元でダンスの稽古を始める

1959      4月、大野一雄モダーンダンス公演にて<老人と海>に少年役で出演(東京、第一生命ホール)

5月、全日本芸術舞踊協会第6回新人舞踊公演にて土方巽の<禁色>に少年役で出演

  1961年、及川廣信主宰日本マイム・スタジオの初リサイタルに出演。及川廣信には、クラシックバレエ、パントマイムを師事した。60年代の土方巽作品、アルトー館作品等に出演

1969      「大野慶人DANCE EXPERIENCEの会」独舞公演(東京、新宿厚生年金小ホール)

  その後、舞台活動を中止。横浜でドラッグストアの経営を始め、大佛次郎夫人の秘書を務めるようになる

1977      大野一雄<ラ・アルヘンチーナ頌>初演のため制作を担い、音響オペレーションも担当

1980      大野一雄のカナダツアーに参加。以後海外公演に同道する

1983      大野一雄のイタリア・イスラエルツアーに同道。死海を訪れる

1985      舞踏フェスティバル’85大野一雄舞踏公演<死海>への共演でカムバックを果たす

1987      シュツットガルト世界演劇祭に参加、<睡蓮>を演出、大野一雄と共演

1991  ニューヨークのLa MaMa E.T.C.にてモリーン・フレミングと<エロス>上演

1998  郡司正勝の遺稿を基にソロ作品<ドリアン・グレイの最後の肖像>を初演(東京、シアターカイ)

2001      大野一雄の最後のソロ公演<花>を演出(東京、新宿パークタワーホール)

2004      大野一雄フェスティバル2004にて<大切な‘ひと’>(横浜、BankART1929)

2006      パリ日本文化会館にて韓国の舞踊家金梅子と共演、<春の花秋の月>

2007      「大野一雄百歳の年ガラ公演 百花繚乱」総合演出(横浜、神奈川県立青少年センターホール)

2008      3月、サンパウロで開催されたTokyogaquiの大野一雄展にて<空>上演。6月、モントリオールでルーシー・グレゴワールと<Flower>上演

2010      Antony and the Johnsonsと共演<ANTONY AND THE OHNOS―魂の糧>(東京、草月ホール)

2013      大野一雄フェスティバル2013にてソロ公演<花と鳥 - 未来の私への手紙>初演

  代表作となった<花と鳥>は、2017年にかけてヨーロッパ、ブラジル、中国を巡演。

2017      3月、<緑のテーブル2017>を監修・出演(振付:岡登志子、神戸アートビレッジセンター)。12月、Dance Archive Project in Tokyo にて、アノーニとの共演<たしかな心と眼>(東京・寺田倉庫)

2019      6月、舞踏アーカイヴプロジェクト「ALL ABOUT ZERO」に出演(東京・シアターX)。7月、台北にてワークショップ

2020      1月8日 18時6分永眠。享年81歳。

受賞歴

第38回舞踊批評家協会賞(2006年度)

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