ひと
- 人物
ヌリート・マソン・セキネNourit Masson-Sekine
フランス・イスラエル系越境芸術家。1980年代、ワコール・アート・スペースの招待で展覧会を開催するため来日し、舞踏と運命的な出会いを果たす。特に中嶋夏、石井満隆、大野一雄らと深い親交を結び、大野一雄舞踏研究所では稽古に通いながらその創作過程を記録した。中嶋夏をはじめとする舞踏家たちのための衣装・舞台美術の制作、写真記録、舞踏関連書籍の出版、映画制作など多角的な活動を展開。1990年フランス・ストラスブールに拠点を移してからもカルロッタ池田らの衣装を手掛けるなど国際的に活躍し、その舞台写真は世界各国で展示されている。中国医学と気功を修め、ストラスブールに「アカデミー・チエ(AASCA)」を設立。鍼灸と気功の理論と実践を通じて多くの治療家を育成した。
1980年代の日本での個展では、全てのオープニングで大野一雄が踊った。また大野一雄の依頼で制作した「砂漠の青い馬」は、大野慶人がたびたび頭に被って踊り、強い印象を残した。
基本情報
- 資料ID
- PER27
- 生誕
- 1956年 イスラエル
- 職業
- 美術家
略歴
1956年 ネゲブ砂漠のキブツ生まれ。1960年よりフランスで育つ
1973-1980年 イスラエル在住。卒業したテルアビブ・アヴニ美術学校では、写真部門を創設した
1980-1990年 日本在住。1984年に娘アナイス・レイが誕生
1982年 中嶋夏<庭>の衣装・舞台美術を担当
1983年 夫・関根ヨリ、ヤコブ・ラズ教授と共同で大野一雄イスラエル公演を企画。大野一雄の新作<死海>誕生の契機に
1983年 個展「LE ZERO ACTIF」(銀座・地球堂ギャラリー)
1984年 羽永光利と「舞踏写真展」(エルサレム映画祭/テルアビブ・ハビマ劇場前「ギャラリー・ブランシュ」)
1986年 大野一雄<死海>公演用「青い馬」頭部制作
1987年 中嶋夏主宰「霧笛舎」公演<眠りと転生―空地より>衣装担当
1988年 1985年から編集ディレクションを手掛けていた舞踏の歴史を追う書籍『BUTOH―Shades of Darkness』(主婦の友社刊、ジャン・ビアラ共著)発行
1989年 中嶋夏の<眠りと転生>ニューヨーク公演用の紙衣装を新作
1990年 ストラスブールへ移住。カルロッタ池田とエルベ・ディアスナスの作品<UNE JOURNEE BLANCHE>の衣装を担当
1991年 舞踏ドキュメンタリー映像『Piercing the Mask』の共同脚本および芸術・制作監督
1993年 「舞踏写真展」(ストラスブール・マイヨン劇場)
1995年 ブラジル3都市(サンパウロ/ブラジリア/クリチバ)にて大規模写真展
1997年 山海塾のテルアビブ歌劇場公演に合わせ写真展
1998年 石井満隆ストラスブール公演の総合プロデュース
2004-2006年 テンプル大学ジャパン客員教授
2006年 国際交流基金サンパウロ日本文化センターのシンポジウムにて「舞踏―知覚の哲学、ダンスの彼方へ」を講じる
2011-2012年 「魂の舞」写真・映像展(ハイファ大学/ウィルフリッド東洋美術研究博物館)
2012年 第1回ストラスブール舞踏フェスティバル共同ディレクション。写真展の他、中嶋夏を始め多くの舞踏家による公演・ワークショップを実現。その後もストラスブールと独・フライブルクの「狂雲」劇場(THEATER NUAGE FOU)に舞踏家を招聘、若手育成に力をいれる
2012-2018年 ストラスブール大学舞台芸術学部講師を務め、「20世紀における舞踏の誕生」について講じる
2015年 デュッセルドルフ写真祭「舞踏を撮る」展で、細江英公や羽永光利らの5作家と共に作品が展示され、ラウンドテーブルにも参加
2017年 第3回舞踏フェスティバル in 青森にて、「BUTOH-Shades of Darkness」特別展示および講演
2018年 ストラスブール国立劇場にて「舞踏―通過儀礼として」写真展
2018-2025年 「故国の預言者」出版プロジェクト(25年までに舞踏三部作『雨に舌を出せ』『無形』『泥沼から奇跡へ』を含む20冊を刊行)
2025年 自身の回顧ドキュメンタリー『生きるを癒す』("Guérir la vie” シシー・リン監督)公開
外部リンク
Guérir la vie https://www.youtube.com/watch?v=ajJNlPkBtJ0&t=27s